ふれあい動物園の園長先生 服部義幸調教師

 

ある年の、2月の終わりころの話。

 

札幌に住む私が、約5ヶ月ぶりに訪れた何度目かの帯広競馬場。

中央競馬の札幌や函館の競馬場に比べれば、残念ながら客の数は遥かに少ないが、それを補って余りあるほどの常連オヤジ共の活気が相変わらず素晴らしい。

ありきたりにいえば古き良き時代の競馬場。男性が圧倒的に多く、平均年齢もやや高めの客層も、私にとっては心地よい要素の一つとなる。

やっぱりここの雰囲気好きだわ~と思いながら、レースの合間に「ふれあい動物園」へ行く。

 

この「ふれあい動物園」は、2006年に巻き起こったばんえいの存廃問題をどうにか乗り越えた後、それまでパドックがあった場所に新設された、重種・軽種・ポニーといった様々な馬たち(&ヤギやウサギなどもいる)と文字通り自分の手で触れ合うことができる施設である。

馬と触れ合うことで老若男女みんなが笑顔になれるステキな空間で、私も帯広競馬場を訪れた際には、お馬さんたちへの挨拶と称して必ず足を運んでいる。

この日もニンジンをあげたりしながら数頭の馬と戯れる。

あー可愛い楽しい。我ながら幼いな、と思いながらも大満足。

ただ、その後にきちんと手を洗う必要はある。

もちろん手洗い場は設けられているのだが、2月の北海道では屋外の水道は凍結して使えない。そのため冬期間は、すぐ隣に併設されている「ばん馬ギャラリー」という建物内で手を洗うことになっている。

 

「ばん馬ギャラリー」に入り、手洗い場へ向かう。

無意識的に何となく奥のほうを見ると、女性の職員さんと、小柄なオジサマが談笑している。

 

 

あ、あれ!? ……服部先生!!?

 

 

服部義幸調教師。

30年を越える調教師生活の中で積み重ねた勝利数は群を抜いて歴代最多、最高峰のばんえい記念も制している大調教師。

というだけでなく、ばんえいがドン底の一番苦しい時期に調騎会会長を務め、廃止が取り沙汰された際には先頭に立って存続運動に奔走、存続が決まった後もPR馬のリッキーやミルキーと共に帯広市内の保育園・幼稚園や、小学校を廻るなど普及活動に尽力し…。この「ふれあい動物園」を発案し、管理の大部分を担っているのも服部先生。

当時は今ほどばんえいに詳しくなかった私でもそのことは知っていたし、そもそも、馬より騎手より何より調教師、という私である。

当然お顔も存じ上げていたが、私の中では、調教師のイメージといえば表彰式や「ばんスタ」出演時のスーツ姿。

それがニット帽&ジャンパー&ジーンズという、ラフな格好だったもので、すぐには100%の確証は持てず、展示物を見るフリをしながらチラチラ確認してしまったが、やはり間違いなく服部先生!!

 

え~…後々わかったことですが、服部先生、ふれあい動物園には結構普通にいます。

この後は3回に2回くらいの割合でお見かけしてます。

それまで数度訪れた中ではタイミングが合わなかっただけで、じつはレアな機会でも驚くようなことでもなかったようなのですが…。

とはいえ、リスペクトしている調教師の先生に初めて会った! という私の感動と心情を慮りながらお読み進めくださいませ(^_^;)

 

大調教師を目の前にした心の高揚と緊張を感じながら、意を決して声をかける。

「写真よろしいでしょうか?」

「ハイ、いいですよ」

緊張しすぎて言葉が足りなかった。

私と同行者の記念写真のシャッターを頼まれたと勘違いされたような服部先生の動き。

「あ、いや、先生、私と、一緒に、お願いします」

慌ててしどろもどろに言い直す。

 

少し苦笑いの後、快く応じてくださった服部先生。「俺はただの人だよ」なんて言いながら…。

いやいや、今こうしてリッキーやミルキーやキングにニンジンをあげることができるのは先生のおかげですから! 今もばんえい競馬を楽しむことができるのも先生のおかげですから!

気の利いた言葉は出せなかったが、ただ「ありがとうございます、応援してます」と感謝の意を伝え、握手もしていただいた。

 

その様子を見ていた職員さんから、「サインはいいの?」とのお言葉が。

でも色紙も何もないし…と躊躇していたら、私が手に持っていた“ポムレ”(無料の広報誌)を指さし、「それでいいよ~」と服部先生。

お言葉に甘えてお願いすると、手慣れた様子でサラサラとサインを書いてくださって…。

私と同行者以外には、その場に外部の人間はいなかったと記憶している。

そういった状況で、普段の言動が単なるパフォーマンスではないと確信できるこの対応。はっきり言ってシビれました。

 

服部先生からみれば小さな出来事だろうが、私にとっては心に残る思い出。

先生ありがとうございます。おかげで、熱心なばんえいファンが一人増えました。

私が、ばんえい競馬の世界に引き込まれた瞬間です。